「いい人」を辞めるための6つキーワード

「いい人」を辞めるための6つキーワード

「いい人」を辞めると嫌われる?

少し前に、アルフレッド・アドラーの「嫌われる勇気」が流行りました。アドラーの考え方は多く広まりました。しかし実際になかなか嫌われることは怖いことです。アドラーは著書の中で

陰口を言われても、嫌われてもあなたが気にすることはない。「相手があなたをどう感じるか」は相手の課題なのだから。

と語りさらに、

だからあなたにはどうすることも出来ない。他人に自分の評価を変えるよう働きかけるのは間違ったアプローチ

とも語っています。

つまり、誰にでもいい人でいることは、自分を貶めることになります。当然ながら誰に対してもいい人であることはできないので、それができない自分を責めます。そして、つらい状況が続いても「いい人」を演じ続けなければなりません。

ここでの「いい人」というのは自分を気持ちを無視して、他人のためだけに生きることと定義します。好き嫌い、やりたいやりたくないではなく、他人を優先する「いい人」の在り方は自分を傷つけるばかりか、実は相手にも不安や心配を与えてしまうのです。

ありのままに生きるためには「いい人」を辞めなければなりません。他人に対する「いい人」から自分に対する「いい人」への変化が必要なのです。そうすることで楽に生きることができます。

では、この「いい人」を辞めるためにどうしたらよいかということですが、言葉を変えることです。私たちが使う言葉は自分が思っている以上に、自分に影響を及ぼします。言葉を変えると、行動も思考も変わっていきます。結果として、入ってくる情報や刺激に対する反応を変えることができます。

ここでは使うのを辞める(控える)べき言葉を3つと、積極的に使うべき言葉3つをお伝えします。

「いい人」を辞めるためのキーワードその1 「なんでもいいです」

これは相手に判断をゆだねることになります。自分の意見はどうでもよいのであなたの意見を優先させてくださいということです。これは相手を立てる意味で使っているかもしれませんが、自分を貶めていることになります。しかも、相手のために、嫌われないようにという意図があるかもしれませんが、実際にあなたが言われたらどうでしょうか?これには似た言葉あって「どっちでもいいです」「いつでもいいです」「なんでもやります」というのもあります。

友達と遊びに行っていてランチをすることになった時「何食べたい?」ときかれて「なんでもいいです」と言われたらあなたは困りませんか?意見を出し合いたいのに何でもいいと言われたら、考えないといけません。

また、仕事のミーティングの日程調整で「いつでもいいです」と言われても、日程の決めようがないのです。いい人をやっているようでも実は「何も考えていない人」というメッセージを伝えることになるのです。

「なんでもいいです」というのは一見、相手の意見を尊重するようでありながら、実は相手を困らせてしまうことになります。もしこの言葉を多用すると相手に利用される存在になる可能性もあります。そうすると、自分の気持ちとは無関係に、仕事もプライベートも予定や内容が決まっていってしまいます。そうすると、ますます自分の意見を言いづらくなるし、さらに嫌われることが怖くなって自分を出せなくなります。

その後が怖いのです。「人に利用される存在である」という自分が確立してしまうと、誰に対してもそのようにふるまいます。自分の考えを封じてしまう上に、人に気に入られようと必死になって頑張るけど、まったくもって承認されない(された気がしない)状況に陥ってしまいます。

この状況今日から抜けるには、当然自分の意見を出すのが一番ですが、それを生きなるやるのはハードルが高い。まずは言いやすい人から意見を言っていく、手を抜けるところから抜けていく、辞められるところから辞めていくというところで、いきなり一番のストレスのところに行かないで、徐々に距離をとって力を抜いていくところからスタートします。

「いい人」を辞めるためのキーワードその2 「すみません」

「いい人」を演じる上でもっとも多用されるセリフがこの「すみません」です。良くないことが起きたら、とりあえず謝ることでその場を収めようとします。実際に自分に落ち度がある場合は、確かに謝罪する必要もありますが、そうではない場合もとりあえず「すみません」から始まるのです。

自分が悪者になることで相手を助ける上で有効に思える言葉に思えますが、これも何も考えていないで発せられる言葉である可能性があります。何か悪いことがあると、とりあえず「すみません」と謝る。自動的に働くこのような思考を自動思考と言います。

ありのままの自分を大切にするためにはいつでも「すみません」と自動思考を外していかなければなりません。そのためには「すみません」と言いたくなる言葉をグッと飲み込むのです。そして本当に謝るべき時にしか謝罪の言葉は使わないようにするように心がけます。とはいえ、自動思考でこの言葉がでるので、この「すみません」の使用を控えるためには、言葉を発した後に「また言っている」と気づくことです。この気づきの習慣が付くと、すみませんと発しそうになった時にグッと飲み込むことができるようになります。

「いい人」を辞めるためのキーワードその3 「がんばります」

他人を優先するあまり「がんばります」といって努力の姿勢を示します。ほかにも、「やります」とか「やってみます」ということがあります。でも、この言葉が出るということは、努力しないといけないくらい大変なことをしようとしているのです。がんばることが悪いというわけではありません。時に、誰かのためにがんばることはステキなことです。そして、そのことで相手との関係もよくなります。しかし、その一方でその人との関係は「がんばり」続けないと持たないということでもあるのです。どれだけ元気な人であっても休みなくずっと頑張り続けることはできません。外を歩くときにずっと背伸びをしたまま歩けるでしょうか?

本当に必要ながんばりは自分の幸福のために使ってほしいのです。

がんばります。と意気込むのではなくて。「はい」とか「了解」という程度で、自分の努力を示さないことです。「がんばります」というと相手に対する期待値を上げているようですが、実は相手はそんなこと気にもしていなくて、実際は自分にプレッシャーをかけていることになってしまうのです。実際にがんばらないといけないようなこと仕事でも人間関係でもたくさん抱えてしまうと、苦しくなります。

大切なのは自分を大切にしないような行動を少なくしてい行くことです。

「いい人」を辞めるために使うべきキーワード

上の3つは使うのを辞める、減らすべきキーワードですが、ここではどんどん使用していってほしいキーワードを3つ紹介します。この3つの言葉を遣うと、自然と上の辞めるべきキーワードを使わなくもなります。

「いい人」を辞めるための使うべきキーワードその1 「NO!」

「ノーが言えない日本人」というフレーズはどこかで聴いたことがおありのはずです。相手に配慮する、相手を立てる、謙遜に振舞う、というのは日本人にとって当たり前ですし、そのような態度になるように育てられ、また大人を見て育ちます。

「NO」を言うことをためらってしまいます。その時の心境としては「相手に嫌われたくない」とか「怒られるんじゃないか」、または「相手が困るんじゃないか?」などです。これは自分を大切にしているのでしょうか?この時の気持ちの焦点は自分ではなく、相手にあります。「大切にする」というときに目を向けるべきなのは気持ちなのです。誰の気持ちに対して自分は意思決定しようとしているのだろうかということを考えてみるのです。

自分の気持ちよりも他人の気持ちを大切にしていることが多々あるのです。「NO」が言えないのは、私たちは自分の気持ちを大切にすることは学ぶことはなく、相手に対する配慮や思いやりばかりを学ばされてきたからともいえます。

他人の気持ちを大切にするということのまえに、自分の気持ちを大切にすることに気づくと、NOを言うべきときを見極めることができるようになります。

「いい人」を辞めるための使うべきキーワードその2 「私は・・・」

使うべきキーワードの2つめは「私は・・・」(僕は、オレはでもいいですが)という一人称を使うことです。日本語の特徴として主語を省略しても会話が通じます。会話を観察すれば分かりますが「私は」という言葉を使うことは少ないのです。この一人称を使うことを避ける理由も上と同じで、自己主張をして人に気われたくないとか、我が強い奴だとか、わがままな人と思われたくないというのがあります。ここにも自分よりも他人の気持ちを大切にする思考が働いています。日常の会話でいつも一人称を使う必要はないでしょう。しかし、NOを言うとき、他人と違う考えや意見を言うときには、他と区別するためにも「私は」という言葉を使わざるを得ません。その時に言いたくても言えない自分がいるということに気づけるかどうかが、ポイントになります。

「いい人」を辞めるための使うべきキーワードその3 「できません」

これは言うのを辞めるべきキーワードの「がんばります」の対極にあります。できない自分はダメだ、役に立たない自分はダメだという気持ちが背後にあります。同時に、自分の評判を上げたい(落としたくない)というのもあります。自分よりの他人を優先していると、どうしても背伸びして付き合い続けることになります。そこには緊張感がありますから、精神的に非常に疲れてしまいます。この疲れの蓄積が、不眠、過食、拒食などいろいろな精神疾患に発展していきます。

できないことをできるという必要はありません。できてもできなくても人の価値は変わりません。できなかったからといってすべてがダメになるということはないのです。

そして「できません」といったところで相手は「そうか、じゃあ他を当たるか」ということで意外とあっさりした応答だったりします。

「いい人」になるプロセスで起こること

とはいえ、1つ目の「NO」、2つ目の「私は・・・」という一人称についても同じことが言えますが、ここで言うべき、今言わないといけないというときは分かっていても、に言えない自分がいます。「言いたいけど言えない」「言うべきじゃないのに行ってしまった」という葛藤を味わいます。実はここが一番苦しいところなのです。分かっていてもそれをやらない(またはやってしまう)自分を責めることになるからです。

しかし、自分を責める必要は全くありません。大切なのは実際に言えるかどうかよりも「気づく」ことだからです。葛藤のなかで自分を責めることはあると思いますが、その責めが起きているのは「自分を大切にしようという気持ち」が出てきているからなのです。

「いい人」を辞めて自分らしく、ありのままに生きるということのプロセスでは、必ず起きることです。

これまでは他人優先だった自分が自分優先に変わるとき、時にはとても辛くなることもあります。一人で抱え込むのは大変な場合があります。だから助けてくれる人がいるのです。

ありのままの自分を大切にして生きるというとき、それは自分のわがままを押し通して孤独になることではなく、自分の弱さを受け入れて、人に助けてもらいながら、互いの「ありのままま」を認め合いながら、共に歩んでいくことになるのです。

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